ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか二、二、ニーチェも

とある集まりで「ソクラテス」の名前を聞いた。私の平凡な日常生活のなかでソクラテスという言葉を繰り出す会話があるというのは嬉しいと思った。

 タイトルにしたのはかつて作家の野坂昭如さんが洋酒のテレビCMで歌っておられた曲(?)の歌詞の冒頭部分。

ずいぶん前、私がアルバイトしていた職場に野坂昭如さんが来られて、当時その職場に頭を赤く染めておられる男性社員がおられたのだが、その男性を見られてとてもビックリしておられたのが野坂昭如さんだった。

 とても繊細なシャイな方なんだなあとそのご様子を見て思ったものだった。今、この洋酒のTVCMをユーチューブで見ると表情やしぐさから野坂昭如さんのシャイで繊細なことが当時の驚いておられるご様子と重ねられてはっきりとうかがえるのだった。

私も歳を重ねてもそんな大人でありつづけたいなあと思ったりするのだった。ちなみにTVCMの歌詞は「ソ、ソ、ソクラテスプラトンか、二、二、ニーチェもみんな悩んで大きくなったぁ!」と続くのだった。そうだから私においても悩むにおいてしくはないなであった(笑)。

大人になってからの太宰治

 ぢつは、というほどのことではないのですけれどもせんだっての入院中、病院に持ち込んだ本もいよいよ読み終わって、さて、手すさびにどうしようと思案した結果、青空文庫スマホで読み始めました。芥川龍之介山本周五郎、そして、太宰治と読み進んでいったのですけれども、短編を読み漁ったのですけれども、太宰治がなんだろう、いいなあと思えたのでした。いいなあ、と思えたのは、要するにあまりよくないと思っていた先入観があったからなわけで、虚心坦懐といいますか、入院中のベッドの上で恥も外聞もなくというのは言葉の使い方を間違っているような気がするけれども、ともかく、文体が、と言いますか語り口が好きだなあと思えたのでした。

 退院して先日、図書館で『斜陽』をかりてきました。あらら、不思議とても調子よく気持ちよくペエジが進みます。好きだったんですね。大人になってちゃんと太宰治が好きです、と言えるようになった。弱いまま齢を重ねられるほど私はつよいのだ、となんだか面映ゆくもあり、日頃の鬱屈した気分がやわらいでいくような気分に一時的にであれしてくれる方策を見つけられて嬉しい思いでした。

となりの町でランチ

 

今日はとなりの町まで足を伸ばして、同級生が営んでいる喫茶店でランチしました。お豆腐三昧の食生活をしていると伝えると、豆腐は塩分高いよ、と教えてくれて、ふうむ、バランスのよい食生活ってむずかしいものだなあとあらためて思いました。毎月、退院後の定期検診があるのでいろいろと気を使っているつもりなのだかど、見当違いってあるものだなあとアドバイスをありがたいと思ったことです(笑)。

あんぱんがあんぱんに

 昨日は小倉に行きました。現地で案内してくださる方へのおみやげにおんせん県おおいたの別府における名物「友永パン」さんのあんぱんを土曜日に買って行きました。土曜日なのでいつにもまして行列が出来ていて「きっとよろこんでくれるよね」と並んで待ちました。

日曜日、映画『サッドヴァケイション』を観てきになっていた平尾台を案内してもらい帰り際に名物という『平尾台あんぱん』をおみやげに持たせてくれました。あんぱんからあんぱんに。楽しいですね。

「老害」に対するおびえ

先日、北九州から知人がみえて昼食をともにしようととあるレストランに入って食事しながら雑談をしていた。

 となりは熟年のご夫婦だった。僕らは興に乗り中国の方々との文化の違いといった話になり、トイレ事情というところまで流れていってしまった。

 するとお隣の御婦人から「食事中だからそのような話はやめてほしい」と注意された。

 私達は多いに恥じた。話に夢中になった末の結果とはいえ周りのことを考えずに話してしまう。

 これこそが老害だな、と自らを戒めあらためて知人と私は無作法をお詫び申し上げた。

気をつけよう。他人を傷つけることは自分自身をも傷を負うことだと深く反省し、以後の学びとしました。

泣きたかったんやね。

1月31日は御当地開催の「せんべろ」の最終日とあって5軒まわって、けれども頭の隅っこは冴えわたる感じだった。

 一軒目の女将さんと話していてたいそう腑に落ちることがあったからかもしれない。

2月1日は近くの宮地嶽神社と手足荒神さまに正月を無事に過ごせたことを感謝申し上げる。

 夕刻、一ヶ月前の能登地震で被災された方々の今のご様子を視聴して涙を流す。私も泣きたかったんだなと自身を静かに見下ろすことができました。#宮地嶽神社#手足荒神